教会での話

久保田武美

 

小学校の時、私は田舎に住んでいて毎週、母と家族に連れられて教会へ行くのが楽しかった。教会には、やはり家族と共に来る中年で体格のよい男の人がいて、そのおじさんは母と懇意でよく話をしていた。

さて、教会の礼拝では賛美歌を歌うわけだが、そのおじさんは歌が下手なのである。下手というのはチョウシッパズレなのである。そのような人を笑ってはいけないのを小学生の私でも分かってはいたが、心の中では実におかしかった。その後、私は東京に移り教会には行っていない。そのおじさんがその後どうなったかも知らない。

私が大人になってから、ときどき母と昔話をするのだが、あるときたまたま私は母に「そういえば大きな声でチョウシッパズレで歌うおじさんがいて、面白かったね」と話したら、母は「そうだね、そうだったね、あの人は戦争で南の方に行ったとか言っていたが、それであるとき、よく分からないが皆殺しにしてこいとかいう命令が出たらしい。それでおじさんは、鉄砲を持って、とある呉服屋へ入った。そこには店のおばさんがいて、『何でも全部持っていっていいから殺さないで下さい』と懇願したらしいよ。しかし、命令なので鉄砲で無抵抗の店のおばさんを撃ったらしい。戦争が終わって帰国してから、殺さないでくれといって懇願した目つきを思い出すと、とてもつらくてしょうがない。それで、キリスト教の教会に来た、と言っていたよ」と私に話した。 予想もしてなかったことを聞き、私は下手な歌を歌っていたおじさんを面白がっていた自分を恥じた。

戦争の時の悲惨な話は私の周囲に沢山あるが、戦争が話題になるときに私が最初に思いだすのはこの話である。